理想と現実 2



―――どうしてこんなことになってしまったのだ・・・。

ベッドに横たわったジェレミアは思いっきりガチガチに硬直していた。
そのすぐ横にはルルーシュがいる。
ルルーシュに「泊まっていけ」とは言われたが、主と同じベッドで寝るなどとはジェレミアは思いもしなかった。
邪魔にならないように、部屋の隅ででも休ませてもらうつもりでいたジェレミアを、「そんな所で休ませたら忠義者の臣下に申し訳がたたない」と、ルルーシュは強引にジェレミアを自分のベッドに引っ張り込んだ。

―――無理にでも断るべきだった・・・。

ルルーシュにじぃぃぃぃぃッと見つめられて、ついふらふらとその誘いに乗ってしまった自分を責めたが、今更遅い。
後悔先に立たずという言葉が、今のジェレミアにぴったりと当てはまっている。
隣で寝ているルルーシュが少しでも動くと、硬直させた体をビクリとさせて、恐れ戦いている自分が情けなかった。

―――・・・一体どうしてこんなことに・・・。

再び同じ疑問を頭の中で繰り返して、ジェレミアは小さく溜息を吐いた。
そんなジェレミアをじっと見つめるルルーシュの視線に気づいて、ジェレミアは強張った体を更に硬直させた。
ジェレミアの視点よりも少し下にあるルルーシュの瞳が、上目遣いに見上げている。

「・・・ル、ルルーシュ・・・さま?」
「・・・眠れないのか?」
「は、・・・いえ・・・」
「・・・俺と一緒じゃ、嫌か?」
「そ、そのようなことは・・・!」

光栄の極みと思うことはあれ、嫌なはずはない。
そんなことはあろうはずもないのだが、ジェレミアは酷く困惑している。
主と臥所をともにしている今の自分の状況も信じられなかったし、なによりもジェレミアを困惑させたのは、ルルーシュの声のトーンの甘さだ。
ジェレミアを見つめる紫色の瞳も心なしか潤んでいるように感じられる。

―――・・・そんなことあるはずがない!わ、私の気のせいだ!!

自分に言い聞かせても、胸の高まりは治まるどころか、その鼓動をますます加速させるばかりで、ルルーシュの顔をまともに見ることすらできなかった。

「ジェレミア?」
「は、はい!?」

あらぬ方向を向いて返事を返したジェレミアの胸にルルーシュの髪がふわりと触れる。
自分の胸に顔を埋めている主に気づき、ジェレミアは完全に石化した。
しかし、その固まった表面とは裏腹に、体の中を循環するジェレミアの血がざわざわと騒ぎだし、鼓動を更に加速させる。
ルルーシュはそれを知ってか知らずか、ジェレミアの体に自分の体を密着させた。

「ル、ルルーシュさま?」
「なにか?」
「も、申し訳ございませんが、お体を、もう少し離して・・・いただけないでしょうか?」
「何故?」
「何故って・・・」
―――・・・ルルーシュ様はお解かりになっていらっしゃらないのですか!?
「別に気にするほどのことじゃないだろ?俺もお前も男なんだし・・・問題はなかろう?」
―――・・・あ?

さらりと言われて、「それもそうだ」と一瞬納得しかけたジェレミアだったが、

―――・・・いや、ちょっと待て。男同士でこんなに体を密着させることなどあるのだろうか?

様々な場面を想定しても、ジェレミアには男同士が体を密着させる理由など思いつくはずもなかった。
そして、今の状況を再確認する。
ルルーシュはジェレミアの胸に顔を埋めて、互いの体と体は不自然なくらいビッタリと密着している。

―――こ、これではまるで・・・だ、抱き合っているようではないかッ!?

気づいた事実に、ジェレミアの顔が、ボッと火を噴いたように真っ赤に染まった。

―――ルルーシュ様と、私が・・・抱き合って、いる?・・・私が、ルルーシュ様を、・・・抱いている・・・。

そう考えただけで、ジェレミアは眩暈を感じた。
しかし、自分の中の、冷静なジェレミアが、「馬鹿な妄想はやめろ」と、それを否定する。
ルルーシュもジェレミアも男なのである。
ただ体を密着させているだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
この状態を「抱き合っている」と表現するのであれば、それは、

―――それではただの・・・へ、変態ではないか・・・。

敬愛するマリアンヌの嫡子であるルルーシュが変態だとは考えたくない。
いや、そう考えるのは、ルルーシュに対してこの上なく失礼なことである。
そもそも、「抱き合っている」という表現はジェレミアの勝手な思い込みで、ルルーシュにはまったくその気がなく、無意識の行動のようにも見受けられる。

―――そうだ、私は何を焦っているのだ!私はルルーシュ様をお守りしなければならない。だったら何も問題はないではないか。

ゼロの正体を知って、ルルーシュの寝込みを襲う賊がいないとは限らない。
警護するのにルルーシュと同じ部屋の同じベッドにいれば、これ以上好都合なことはない。
ジェレミアは半ば無理矢理自分を納得させた。
しかし、ルルーシュはどうだろう。
なんとも思っていない相手を自分と同じベッドで寝かせて、体を預けるようなことをするだろうか。

―――もしかしたら、ルルーシュ様は私のことを・・・?い、いかん!その甘い妄想は捨てるんだ!!考えるな!まずは冷静にならねば。

冷静さを必死に取り戻そうと、ジェレミアは深呼吸でもしてみようかと考えたが、それではルルーシュに変に思われてしまう。
主を汚すような妄想を抱いていたと知られては、ジェレミアの立場は窮地に陥ることになる。
きっとルルーシュはジェレミアを軽蔑するに違いない。
深呼吸は諦めて、とりあえず気を落ち着けるために羊の数でも数えてみることにした。
羊を数えるジェレミアの胸元で、ルルーシュがもそもそと動き出す。
それを強引に無視して、意識を羊に集中させる。

―――・・・羊が34匹羊が35匹羊がさんじゅうろ・・・・・・くぅッ!?

突然ジェレミアの頭の中できっちりと整列させられていた羊がぱっと一斉に飛び散った。
蠢くルルーシュの腿がジェレミアの下肢に一瞬だけ当たったのだ。
それまで、なんとか理性で保っていたそこは、ルルーシュの腿が僅かに触れた刺激に、ぐんぐんと勢いを増す。
もちろんルルーシュに他意はなく、動いた拍子に偶然当たってしまっただけなのだが、そんなことはまったく関係ない。
触れたのは事実だ。刺激を受けたのも事実だ。そして、ジェレミアが感じてしまったのもまた事実だった。
そんな僅かな刺激に自分が反応してしまうとは、ジェレミアは自分の体が信じられなかったし、情けなかった。
しかし、考えてみればそれも当然のことなのだ。
ここ暫く・・・機械の体になってしまってからは、そういったことにまったく無縁になっていたし、従って自分に性欲が残されていることも知らなかった。
生殖能力の機能があることすら、気づいていなかった。
それ以前に、そんなことを考える余裕がジェレミアにはまったくなかったのだから仕方がない。
知らず知らずのうちに、性への欲求が蓄積されていたらしい事実に、ジェレミアは愕然となった。
しかも、相手は自分と同じ男で、ジェレミアのもっとも敬愛するマリアンヌの嫡子で、自分の今の主である。
いくら溜まっているからといって、発情していい相手では到底ない。
ジェレミアは大いに困惑した。
そして気づいてしまった。

―――このままでは本気でヤバいことになる・・・。

これだけ体が密着しているのだから、ルルーシュに気づかれるのも時間の問題だ。

―――私がルルーシュ様に発情するなど、あってはならないことなのだ。ルルーシュ様にもし気づかれてしまったら、私は軽蔑されてしまう・・・。

軽蔑されるだけで済めばいいが、臣下として失格の烙印を押されてしまっては、ルルーシュの傍にいることも許されないだろう。
慌ててジェレミアは自分の体に纏わりつくルルーシュの体を押し退けて、くるりと寝返りを打って背中を向けた。

「ジェレミア?」
―――申し訳ございませんルルーシュ様!
「どうした・・・?」
―――どうか私などに構わず、このままそっとしておいてください!
「・・・ジェレミア、お前まさか・・・」
―――ギクッ!もしやお気づきに・・・!?
「・・・なにか気に障ることでもしたか?・・・俺が嫌いになったのか・・・?」
―――ル、ルルーシュ様!!決してそのようなことはございません!!私がルルーシュ様を嫌いになるなど・・・その逆です!大好きです!

「大好きすぎて発情しました」とは口が裂けても言えないジェレミアであった。

「・・・そうか嫌われて、しまったか・・・」

ジェレミアの心の葛藤など知る由もないルルーシュは、涙声交じりに淋しそうにそう言った。
しかしジェレミアは主の涙声に気づいていても、ルルーシュを振り返ることができない。

「ルルーシュ様、・・・そのようなことはございません。どうか私のことなどお気になさらずにお休みください」

背中を向けたまま冷静さを装った声で返すと、ルルーシュはジェレミアの背中から体を離した。
しばらくの間、室内は静寂さを取り戻し、やがてその静寂の中に低くすすり泣くような声が響いた。

「ル、ルルーシュ様!?」

主が泣いていることに気づき、ようやく平常心を取り戻しかけたジェレミアは、慌ててルルーシュを振り返ってしまった。
後になって思えば、それは自分でも迂闊な行動だったと後悔することとなるのだが、そのときはそんなことを考えている余裕がなかった。
ルルーシュが泣いていることに、ジェレミアは意識を全て奪われてしまっている。

「お前は俺が・・・嫌いになってしまったのだろう?」
「そのようなことはございません!・・・どうか私の言葉を信じてください」
「では・・・ではなぜ、俺に背中を向けるのだ?」
「そ・・・それは・・・」

返答に窮したジェレミアを、涙で滲んだ紫色の瞳がじっと見つめている。
ルルーシュの顔は純粋無垢な表情を浮かべているというのに、ジェレミアにはその顔が堪らなく魅力的に見えた。
体内を流れる血液が再び騒ぎ出すのを、ジェレミアはどうすることもできない。
それがあらぬ一点に集まっていくのも止めることができなかった。

―――もうなるようにしかならない・・・。

ジェレミアは諦めて、今にも零れ落ちそうなルルーシュの涙を指で拭いて、その顔を自分の胸に抱き寄せた。

「ルルーシュ様。どうか私ごときのためにお嘆きになるのはお止めください」

抱き寄せられたルルーシュの腕がそっと甘えるようにジェレミアの背中に回される。
ジェレミアは一瞬どうしたものかと躊躇ったが、ここで抱き返さないのは失礼になるような気がして、ルルーシュの体を抱きしめ返した。
ルルーシュの脚がジェレミアの内腿を割って侵入すると、脚を絡めるようにしてジェレミアの下肢に腿を押し付ける。
強い刺激にますます膨張したジェレミアの下肢の欲望は、もう誤魔化すことすらできなかった。

「ジェレミア?」

名前を呼ばれても返す言葉がない。
この状況では言い訳すらできるはずもない。

「・・・感じる?」
「ル・・・ルーシュ・・・さま?」
「折角誘ってやったのに、お前が全然その気にならないから少し焦ったぞ」
―――えッ!?それって・・・。
「わ、私を誘惑・・・しておいで、だったの・・・ですか?」
「そうだが?」
―――な、な、な、な・・・なんということだ!?ルルーシュ様が・・・そんな・・・そんな・・・。

ジェレミアの想い描いていた、清楚で可憐で純粋無垢でそれでも気品のあるルルーシュに持っていた「理想の主」像が一瞬で崩壊した。
しかしジェレミアにはルルーシュの行動に不明な点があった。

「・・・ルルーシュ様。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「その・・・私の体のことなのですが・・・?」
「それがなにか?」
「私は体のほとんどが機械なのですよ?ルルーシュ様のご期待に添えると・・・その・・・お相手が務まると、お思いだったのですか?」
「あぁ?そのことか?」
「はい・・・」

ルルーシュはクスクスと笑い出す。

「そんなことはお前をベッドに引っ張り込んだ時から気づいていたさ」
「はぁ?」
「役に立たない奴が、たかがベッドを共にしたくらいであんなに緊張することはないだろう?」

言われてジェレミアは「なるほど」と感心をした。
ルルーシュはそんなジェレミアを気にも留めていない。
「どうする?」と、ジェレミアの膨れ上がったままの下肢に手を伸ばす。

「・・・ル、ルルーシュ様!?・・・あ、あの・・・それは、その・・・いきなりそんなことを仰られても・・・心の準備というものが・・・」
「俺が欲しくないのか?お前の身体は正直だぞ?」
「・・・そ、その・・・私とルルーシュ様は知り合ってまだ日も浅く・・・そ、それに互いのことをまだ理解できるほどの・・・」
「そんなのは関係ないだろう?それに俺はお前を随分と昔から知っている・・・お前は気づいていないだろうがな」
「え?」

ジェレミアはルルーシュの言葉に驚きを隠せない。
しかし、ルルーシュはそんなジェレミアを他所に、自分の身体を覆い隠しているシャツのボタンを外して、開けた隙間からジェレミアの手を掴んで招き入れた。
肌蹴たシャツの襟元にあるルルーシュの白い首筋に散らばった朱色の痕がジェレミアの視線を釘付けにする。

「気になるか?」

ジェレミアのその視線に気づき、ルルーシュはニヤリと口端に笑みを浮かべた。
ジェレミアは返答に詰まって、視線を外す。

「お前もつけてみる?」
「そ、そのようなことは・・・」
「したくはないのか?」
「そのようなことは・・・わ、私にはできません!」
「ふーん・・・ここはこんなになっているのに・・・強情なんだな?」

ルルーシュの腰がジェレミアの下肢に強く押し付けられて、ジェレミアは言葉とは裏腹に身体が熱くなるのを感じた。
肌蹴たシャツの胸元から差し込まれたジェレミアの指先が、ルルーシュの硬く尖った乳首に触れさせられるとその熱は一気に高まって、意識が朦朧としてくる。
その視界にルルーシュの顔が寄せられて、唇と唇が触れる瞬間に激しい眩暈がジェレミアを襲う。

―――・・・げ、限界かも・・・。

しかし、ここで無様な姿をルルーシュの前で曝け出すわけにもいかない。
ジェレミアは歯を食いしばって押し寄せる快楽の波に耐え続ける。
くらくらとしながら視界が徐々に暗くなって、気を失う瞬間にジェレミアは、黒い笑みを浮かべるルルーシュの顔を見たような気がした。


ジェレミアの長い夜はまだまだ続く。



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